御朱印の転売問題を、どう考えるか
一般社団法人 日本総合検定資格センター
御朱印がフリマアプリやオークションで売買される——この状況を、多くの寺社が繰り返し問題として指摘しています。
なぜ問題なのか。感情的な批判ではなく、御朱印そのものの成り立ちから考えてみます。
御朱印は「商品」ではない
御朱印は、参拝した証としていただくものです。もとは写経を納めた証(納経印)に始まったとされ、今もその性格は変わりません。
授与の際にお納めするお金は、初穂料あるいは納経料と呼ばれます。「代金」ではありません。この呼び方の違いに、御朱印が売買の対象ではないという考え方が表れています。
つまり御朱印は、参拝という行為とセットで初めて意味を持つものです。参拝していない人の手に渡った御朱印は、証明する中身を失っています。
何が起きているのか
問題として指摘されているのは、主に次のような行為です。
- 限定の御朱印を転売目的で大量に受ける
- 受けた御朱印をフリマアプリで高値で売る
- 転売を見込んで、授与の列に長時間並び占有する
結果として、本当に参拝したい人が受けられなくなる、書き手の負担が過大になる、といった実害が生じます。
寺社の対応
こうした状況に対し、寺社側も対応をとってきました。
- 授与数の制限(一人一体まで)
- その場での記帳を必須にする(書き置きを渡さない)
- 転売防止の掲示
- 限定御朱印の授与そのものを取りやめる
授与をやめるという判断は、寺社にとっても苦渋の選択です。転売の影響で、参拝者全体が受けられる機会を失うことになります。
「集める」ことの落とし穴
転売は極端な例ですが、その手前にも考えるべきことがあります。
御朱印を「集めるもの」として捉えたとき、数や希少性に価値の重心が移っていきます。
- 限定御朱印を求めて、参拝もそこそこに列に並ぶ
- 何体受けたかを競う
- 「レア」かどうかで寺社を選ぶ
こうした状態は、転売とは違いますが、御朱印が参拝の証であることからは離れています。
多くの寺社が「御朱印はスタンプラリーではありません」と伝えているのは、この点についてです。
私たちにできること
難しいことではありません。
- 転売に関わらない——求めない、買わない、広めない
- 必要な分だけ受ける
- 混雑時は書き置きを快く受け、書き手を急かさない
- 書いている手元を無断で撮影しない
- 御城印や記念印と御朱印帳を区別する
そして何より、参拝を先に、丁寧に。御朱印はそのあとについてくるものです。
文化を次の人へ渡す
御朱印の文化は千年以上をかけて形づくられ、今も生きています。
一枚の御朱印には、その日その場所に自分が確かに立ち、手を合わせたという記録が刻まれます。それは他の誰かに譲れるものではありません。
御朱印を正しく楽しむことは、この文化を次の世代へ渡すことでもあります。知識を持つことは、そのための最も確かな方法です。
もっと知りたい方へ
御朱印検定は、知識の量を誇る資格ではありません。御朱印文化を正しく楽しみ、次の人へ伝える担い手を認定する検定です。
プロフェッショナルマスター編では、現代の御朱印文化が抱える課題と、私たちがどう向き合うべきかにも一章を割いています。
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